文字っ書きの書き置き

人間の中身を吐露しようというものです

ユダヤと中東とイスラム

(1750字です。7分くらいで読めるんじゃないですかね。かなりまとめたつもりですが・・・。)


中東の前史ですが近世・近代まではやる気ないので気になる人はwikipediaでも引いてください。10行くらいで簡潔に載ってました(丸投げ)。

中東 - Wikipedia

 

簡単にいうと幾つか安定した時期を経験しながらも支配者・支配民族・支配国は変遷してきました。ヒッタイト・エジプト王国・イスラム帝国・十字軍国家とか・・・。

 


て、19世紀まで中東の支配者はトルコとイランでした。16世紀ごろには猛威をふるい、あちこちを侵略した中東国家でしたが、20世紀初頭には二国とも弱体化し、代わって台頭したヨーロッパ諸国にされるがまま、「死にかけ」呼ばわりされるほどでした。

第一次世界大戦、中東の地で再起を賭したトルコは中央同盟国として協商国(イギリス)と戦い、敗れました。大戦の講和条約により、中東は中東の人間の支配から離れ、フランスとイギリスに分割統治されることになりました。

 

この時の、現地民族の分布を無視した英仏による国境の線引きが今も残り、複数国家にまたがる少数民族を産んでしまいました。ある日、家の大家が代わって

 

「今日から君たち家族は別々の家に住んでもらう。行き来には許可がいる。」

 

と言われたようなもんでしょうか。

 

中東にはクルド民族が複数国家に2500万人以上もまたがって住み、独自国家を持たない世界最大の民族であるそうです。自治権の獲得のためいまも各国政府や他の武力集団と軍事衝突し続けています(パレスチナクルド人自治区が頻繁に政府軍の爆撃を受けてることで有名ですね・・・)。

 

 

 

 

ルサレム(イェルサレム)をご存知ですか。パレスチナにある一都市です。現在はイスラエルにより完全に支配されていますが、イスラエル独立当初はユダヤ側(イスラエル)を西、イスラム側(ヨルダン)を東で分割してありました。この街はユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地であり、それぞれの聖跡がエルサレム市東部にあります。

 

 

大戦でトルコと戦っていたイギリスは戦況をより有利にするため、のちに「三枚舌外交」と呼ばれる(ちょっとセコい)協定を結びます。

 

  • 中東でトルコに支配されていたアラブ系住民には「戦後の独立を支持する」
  • 中東エルサレムにある聖地を奪還したいユダヤ人には「聖地奪還を助ける」
  • 仲間の協商国とは「中東の領土を仲間で分割しよう」

 

と約束したわけです。

事実この通り領土の分割を受けた協商国フランスはいいですが、現地のアラブ人とユダヤ人への約束は中途半端にされたり、期待未満であったためそれぞれの反感を買いました。

 

それから20年ののち、ドイツでNSDAP(いわゆるナチス)が台頭するとかねがねヨーロッパでは嫌われ者扱いだったユダヤ人がいよいよ根絶(ホロコースト)されそうになります。

 

結局、ドイツの第二次大戦敗北で絶滅することはなかったのですが、この事件はユダヤ人をおおいにビビらせ、「ユダヤ人はみな聖地(エルサレム)に帰り、そこに住むべきだ」という聖地回帰志向(シオニズム)に拍車をかけました。

 

しかしいまだ約束通り独立させてくれないイギリスにしびれを切らしたユダヤ教徒は武装蜂起し、自分たちの政府をパレスチナに立ち上げます。突如聖地を異教徒の国に奪われ、怒ったイスラム教徒たちは武器を取ります(第一次中東戦争)。

 

イスラエルはこの戦争に圧倒的に不利ながら巧みに勝ち、パレスチナに自分の国を確立するとともにエルサレムの西半分を手に入れました。

 

 

 中東戦争はさらにそのあと3回発生し、すべてに勝利したイスラエルエルサレムを完全に占領、そこを首都としました。

 

 

 

 

東はいまも、聖地をめぐるユダヤイスラムの争い、各地の少数民族・少数宗派の分断と迫害、西欧諸国の介入に対する反発など多くの要因から不安定であり続けています。長らく放置された諸問題はさらに絡み合い、より解決を困難にしています。


ISILは、旧来の国境を取り払い、イスラム法に則ったイスラム国を中東に建設すると公約していますが、これは中東が抱える諸問題を解決する、実はイスラム教徒にとって根幹的な打開策を提示している可能性があるのです。

もちろんその手法は残虐で強引ですが、第一次世界大戦から1世紀を数える今、武力以外がそれを解決するのは無理なのかもしれません。(了)